しゃくれ、すなわち下顎前突の悩みを持つ方の中には、「手術や矯正は避けたい」「なんとか自力で治せないだろうか」と考える方がいらっしゃいます。しかし、歯科矯正や口腔外科を専門とする医師の多くは、骨格的な要因が関与するしゃくれを自力で治すことは基本的に不可能であるとの見解を示しています。その理由と、なぜ専門的な治療が必要なのかについて解説します。まず、しゃくれの主な原因が下顎骨の過成長や上顎骨の劣成長といった骨格の不調和にある場合、成人して骨の成長が完了した後では、骨の大きさや形、位置関係をマッサージやトレーニングといった自力の方法で変えることはできません。骨は硬い組織であり、外部からの力で簡単に変形するものではありません。もし自力で骨格を変えられるのであれば、それはもはや矯正治療ではなく、何らかの外傷に近い状況と言えるでしょう。インターネット上には、顔の筋肉を鍛えるエクササイズや、顎を押さえつけるような器具などが紹介されていることがありますが、これらは骨格そのものにアプローチするものではなく、効果は極めて限定的か、あるいは全くないと考えられます。また、無理な力を顎に長時間加え続けることは、顎関節に過度な負担をかけ、顎関節症を引き起こしたり、既存の症状を悪化させたりするリスクがあります。顎関節は非常にデリケートな構造をしており、不適切な力を加えることで、痛みや開口障害、クリック音などの問題が生じる可能性があります。専門家は、このようなリスクを避けるためにも、自己流の矯正法には警鐘を鳴らしています。軽度の歯性のしゃくれや、舌の癖、口呼吸などが原因で機能的に下顎が前方に誘導されている場合、特に成長期のお子さんであれば、MFT(口腔筋機能療法)と呼ばれる舌や口唇のトレーニングによって、症状の悪化を防いだり、ある程度の改善が見られたりすることがあります。しかし、これも自己流で行うのではなく、MFTの専門知識を持つ歯科医師や歯科衛生士の指導のもとで、正しい方法で行うことが大前提です。成人でこれらの癖が長年続いている場合、歯並びや顎の位置が既に定着してしまっているため、トレーニングだけで大きな変化を期待するのは難しいでしょう。